新型コロナウィルスに対する日本の対策が遅いという記事が散見されます。
海外を見るとロックダウンを開始したと同時に個人や個人事業主、企業及びそれらに資金を融資する金融機関への資金援助だったり、家賃や水道光熱費、税金等の支払い猶予を実施している国が多く、それに対し日本は外出自粛の要請をしても、現在発表されている資金的な援助は一度きりの10万円の給付金のみで当初大々的に発表された事業規模で108兆円からするとかなり少ない金額の印象がぬぐい切れません。また、この10万円も最初は一定の条件を満たす人へ30万円の給付というものでしたが、条件が厳しすぎて該当する人はごく一部という批判を受けて変更するなど国民からすると頼りがいのない政府に映ってしまっているのではないかと思います。
最近はネット上での過度なバッシングやネガティブな意見が問題視されていますが、これに関しては国民やメディアから厳しい意見が出ても仕方ないと思います。何故ならこのような100年に1度と言われるような緊急事態の下では国がしっかりリーダーシップを発揮して国民が野垂れ死ぬ事がないよう守ってくれる事を全国民が期待しているからです。実際に海外でもコロナウィルスの前は評価が低かった首相や大統領が今回の件でリーダーシップを発揮して大規模な経済支援策を即決で導入して国民からの評価を上げている人も多く、それに対して日本の右往左往した動きや対応の遅さは対照的で「日本は大丈夫なの?」と感じている人も少なくないと思います。
では、この差はどこからきているのでしょうか?実際には法律や制度的な違い、権限の差などもあるかもしれません。ただ、私が感じるのはこういった違いは平常時でも、企業レベルでも見る光景に思います。日本企業と海外の企業では決断の速さが違う。これはよく言われることです。私はこれと同じようなことが政府レベルでもあるのではないかと思います。では、それは何でしょうか?
①決定権
海外の企業では上司と部下の関係はフランク。しゃべり方も日本企業の上司と部下のように敬語でしゃべるなど明確な違いがあるわけでもなく、部下は上司にフランクに考えや意見を述べることが出来る。こんな事をよく耳にするかもしれません。これは確かにその通りです。間違っていないと思います。しかし、これは部下と上司が並立的な立場ということではなく海外でも、上司と部下の間には明確な違いがあり、それはむしろ日本企業のそれより海外の企業の方が明確な気がします。では、それは何かというと「決定権」あるいは「裁量」です。
海外では上司とフランクな関係を気づけて円満にやっていけても、仕事上での決定権は基本的に上司が持っています。上司が部下に仕事をまかせてその範囲内でなら自由にやらせてくれることはあります。ただ、部署全体にかかわることなど大きなことを決める時は基本的に上司が絶対的な決定権を持っています。上司はもちろん部下に意見を求めることもありますし、求められたら部下が意見を述べることはもちろんできます。しかし、そうでなければ、上司の一任で決まることもあり、そして一度上司が決めたことは絶対です。どんなに納得のいかない決定でも文句は言えません。ただ、従うのみです。
日本だって同じだよ。確かにそうかもしれません。ただ、日本ではそんな時、他部署に不平不満を漏らして同情を得たり、そこから陰口がエスカレートしていくなんてことが場合によってはあったりするかもしれませんが、海外ではその部署での決め事はその部署の上司が絶対的な権限を持っていて、他部署も基本的に我関せずです。例えば他部署に不満をぶちまけて上司の立場を不利にするとか上司を飛び越えて上司の上司に直接何か言ったりすれば、恐らくあなたの評価や社内での立場はなくなると思います(上司が法律に触れるようなことをしたりしていれば別ですが)。
②ドライな関係・ウェットな関係
日本では会社で働くと飲み会や忘年会、ある程度の規模の会社ならサークル活動や社員旅行などの福利厚生であったりして、部署を超えて友達や家族のような関係を求められたり築くこともあると思います。海外では基本的にはここもだいぶ違います。もちろんたまに気の合った人と飲みに行くことはありますが、頻度は日本と比べると本当にたまにですし、飲み会のように集団で日時や場所をあらかじめ決めてというのはまずないです。日々の仕事の中での他部署とのやりとりや雑談することは多々ありますが、基本的に会社は自分の仕事をするために来る場所。仕事が終われば、待っている家族のところに帰るという感じで極めて職場での同僚や上司、部下との関係はドライです。
また、日本では上司と部下の間では言葉遣いなど明確な違いはあるにせよ、中間管理職と呼ばれる人たちや最近は社長なども雇われ社長というような感じで下にご機嫌を伺いながら上からの無茶な要求に耐えるなんてことも少なくないと思います。要はそのような人たちに絶対的な権限がなく、名ばかりな状態なわけです。下は上司が気に入らなければ他部署や人事に不満を漏らして、上司の社内での立場を不利にすることも場合によっては出来たりすると思います。
一方、海外では上述の通り、他部署の人は他部署の事に関しては口出しできません。例えば営業スタッフが上司について不満を他部署に漏らしたとしても、他部署の人は基本的に我関せずです。日本なら「えー、そうなの」とか「大変ねぇ」とか「あの人本当嫌な感じよね」などと同情を得られて、そこから陰口がエスカレートしていくなんてこともあるかもしれませんが、海外ではその場では多少の同情は得られても、本当に上司に不満があるなら上司と話し合って解決すべき。解決できないなら人事などに相談する。そうやって解決していけないのであれば、それはそうできないあなたの問題、というような感じになると思います。
海外ではあなたの部署ではあなたの部署長が絶対です。フランクなしゃべり方ができても、決定権、権限という話になったときは上司は絶対で一旦決まってしまったことに関しては仮にどんなに理不尽だったとしても基本的に何も言えず従うしかありません。
③「将来」より「今」
海外では戦略や仕事の進め方に関して議論する際に何が重視されるかというと「今、何をすべきか」ということです。
日本だと「そのやり方では後々こうなってああなって問題が出てきますので、こういうやり方にした方が良いのでは」というような視点で議論されることが多いと思います。なので、様々なところから意見を取り入れて、修正に修正を重ねてより多くの人から賛成を得てようやく決定するということが多いと思います。
しかし、海外の企業でこういう提案をした時に多くの場合理解を得られません。何故ならその通りかもしれないけど未来は確かではないからです。その不確定な未来を想定して対策を練るより今、目の前にある課題や問題をどう解決するかが最重要とされます。
仮に想定通りに将来色々な問題が出てきても誰も責めません。問題が出たらその時に解決すれば良い、だから今は気にする必要はない。
なので、海外の企業では意思決定がスムーズに行われると思います。一方、日本では関係各所に事前に話しをしてコンセンサスを得て十分に吟味してからでないと決定できないという風土があるのではないでしょうか?
日本や各国の政府レベルの対応を見てもそのような感じがうかがえます。平常時であれば、日本のような石橋をたたいて渡る的な物事の進め方も良いと思いますが、このような前代未聞の非常事態の時には海外のように即断即決、「今」何をすべきかがとても重要で。各国はとにかく後の財政問題のことを考えずに国民の生活を守るために即断即決で財政支援をするという感じで動いていると思います。
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